先週は、使徒の働き10章のみことばでもって、ペンテコステの礼拝を捧げました。今日は、再び、マルコの福音書に戻り、十字架上のイエスさまが、自らのいのちを捧げ尽くされた場面を味わいます。イエスさまが大声で叫ばれた「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という悲痛なおことばは、私たちの心に何を語りかけるのでしょうか? 今日は、主の御前で嘆いてもいい、絶望してもいい、ということについてお話しします。
先週は、使徒の働き10章のみことばでもって、ペンテコステの礼拝を捧げました。今日は、再び、マルコの福音書に戻り、十字架上のイエスさまが、自らのいのちを捧げ尽くされた場面を味わいます。イエスさまが大声で叫ばれた「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という悲痛なおことばは、私たちの心に何を語りかけるのでしょうか? 今日は、主の御前で嘆いてもいい、絶望してもいい、ということについてお話しします。