2022.6.5 礼拝メッセージ(ペンテコステ)

今日は2022年度のペンテコステの日。イエスさまの復活から50日目の今日。天においてすべてのものの王に即位されたイエスさまは、みことばの約束通り、弟子たちに聖霊を注がれます。今日は、マルコの福音書を離れ、使徒の働き10章における異邦人伝道のきっかけとなる出来事を味わいます。ユダヤ人ペテロは異邦人コルネリウスに「心を込めて真実の思い」を語ります。

2022.5.29 礼拝メッセージ

今日のみことばは、まさにイエスさまの十字架刑の場面です。処刑場で十字架につけられてからも見世物とされたイエスさま。十字架から降りてくることなどイエスさまにとって簡単であったはずなのに、なぜ、イエスさまはご自分を救わなかったのか、ということについてお話ししています。

2022.5.22 礼拝メッセージ

今日のみことばは、総督官邸から十字架刑がなされるゴルゴタまで、イエスさまが十字架の横木を背負って向かわれる場面です。むち打ちで弱り切っているイエスさまはもはや十字架を背負って前に進めないため、たまたまそこに居合わせたクレネ人シモンという言う人物が、ローマ兵の命令によりイエスさまの十字架を無理やり担がされることに。しかし、そのイヤイヤながらに背負わされた十字架が、のちに彼を十字架の物語へと引き込むことになった、ということをお話ししています。

2022.5.15 礼拝メッセージ

今日は、ローマ側から死刑が言い渡されたイエスさまが、ローマ兵に引き渡され、見世物にされてしまう場面を味わいます。神の御子であられるイエスさまが「ユダヤ人の王様」の役に仕立て上げられ、「いばらの冠」をかぶせられます。その冠をイエスさまがかぶられたということが、私たちにとってどのような意味を持つのか、ということをお話ししています。

2022.5.8 礼拝メッセージ

今日は、ローマによるイエスさまの裁判の場面を味わいます。ユダヤにおける宗教裁判に首を突っ込まないピラト。しかしユダヤの国のリーダーたちは、何としてでもイエスさまを死刑へと追いやるために、ユダヤの宗教上の問題を、ローマにおける政治上の問題へとすり替え、イエスさまをローマに対する反逆者に仕立て上げます。この裁判の場面で、いったい何がおきていたのでしょうか?